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スタッフブログ

アサヒグループ大山崎山荘美術館のスタッフが交代で山荘の日々を綴るブログです。展覧会に関する内容や山荘のこと、四季の庭園についてなど、美術館のさまざまな情報をスタッフがご紹介します。イベントの最新情報もこちらでチェックしてください。

イベント&ワークショップ

大山崎山荘ツアー(山荘を感覚でたのしむ)を開催しました

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深澤直人氏による講演会を開催しました

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大山崎山荘ツアー(山荘を感覚でたのしむ)を開催しました

2026年6月24日(水)と26日(金)に大山崎山荘ツアー(山荘を感覚でたのしむ)を開催しました。

このツアーは、ガイドの解説とあわせて、体の感覚を使って建物と作品を鑑賞するツアーです。
お身体の状態にかかわらずご参加いただけるよう、開館前の時間に駅からバスで本館入口前までお連れしたのち、普段は入ることのできないテラスからスタートしました。


深呼吸をし、身体をリラックスさせた後、時間をかけて風景の中にある光や音を観察します。


24日はあいにくの大雨でしたが、雨に濡れた木々の緑や、雨音も格別でした。
26日は曇りのち晴れとなり、鳥の鳴き声や魚のはねる音などたくさんの発見がありました。

そのあとは質感をテーマに、築約100年の本館・大山崎山荘を見学しました。

開館前の山荘内にひろがる音や光・質感など、いつもとは少し視点を変えて館内をご案内します。

その後、地中の宝石箱(地中館)へ移動し、モネの描いた《睡蓮》を全員で鑑賞しました。

作品の中にあるたくさんの色をはじめ、描かれた日の天候や気温、画面で描かれていない池の周りの風景まで、参加者のみなさんで発見と想像を共有しながら、鑑賞をたのしむことができました。


お客様のアンケートからは、
「説明がよくわかった。睡蓮の前で深呼吸していると水の音がだんだん増えていった。睡蓮の絵に対するいろいろな感想を聞いてイメージが広がった」
「台風が接近する雨模様でしたが、しっとりとした空気や山や水の匂いを感じられて、むしろ『当たり』だったかもしれません」

といったお声をいただきました。
ご参加いただきましたみなさま、また、ご関心をお寄せいただきましたみなさまに感謝申しあげます。

この山荘を感覚でたのしむツアーは睡蓮が咲きはじめるころ、年に1度の開催を予定しています。
また来年の開催をご期待ください。

(IK)

イベント&ワークショップ

深澤直人氏による講演会を開催しました

6月13日(土)、リーガロイヤルホテル京都にて、開館30周年記念講演会「山本爲三郎コレクションと日本民藝館」を開催しました。


「無作為の美」というカントの言葉をテーマに、
民藝運動にまつわる作品がなぜ美しいと感じられるのかについて、
朝日麦酒(現アサヒグループホールディングス)初代社長・山本爲三郎(以下、山爲)や、
日本民藝館の創設者である柳宗悦の紹介も交えながら、お話しいただきました。

山爲を「フィランソロフィスト(文化価値継承者)」と位置づけ、
日本民藝館や当館が、来館者のみなさまに柳宗悦の民藝運動の思想に共感していただき、作品を未来へ継承していくためには、
山爲のようなフィランソロフィストの考え方を学ぶことが重要である、とお話しされていたことが強く印象にのこりました。


ところで、当日お席に配布した、クロード・モネ《睡蓮》がプリントされたアンケート用紙にはお気づきでしょうか?
裏面の二次元コードを読み込むと、アンケートフォームへアクセスできます。

良かった点や気になった点など、
みなさまからいただいたご感想は、今後の活動に活かしてまいります。
ぜひお気軽にお声をお寄せください!

次回は、2026年10月17日(土)に、以下の講演会を開催予定です。

■「日本におけるクロード・モネ(仮称)」
講師:三浦 篤氏(大原美術館館長/美術史学者/東京大学名誉教授)

▶詳細はこちら

お申し込みは、7月17日(金)午前10時より受付開始予定です。

なお、開館30周年記念講演会には入館チケットがついており、
2027年4月までに開催されるお好きな展覧会をご覧いただけます。

今回の講演会にご参加いただいたみなさまには、
現在開催中の、民藝運動ゆかりのコレクションを展示している
「共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」展がおすすめです!


(TY)

展覧会

共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより ご紹介その5

現在、企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」を開催中です。
本日は、本館2階展示室3のようすをご紹介します。


民藝運動発足後の1930年代から1940年代中盤まで、河井は精力的に作品を発表しますが、1943年戦局が悪化したことによって作陶が困難になります。1944年になると窯を焚くことがかなわず、個展の開催も一時中断を余儀なくされました。

戦後、河井の作風は日用に即した形にとどまらず、不定形で自由な造形へと変わっていきます。

河井寬次郎《青磁釉筒描花文扁壺》1953年


筒描きとは、泥漿(でいしょう・粘土と水を混ぜあわせ泥のような液体状にしたもの)をスポイドに入れて絞り出し、盛り上がった線で文様を描く技法で、河井は1950年代初頭に鳥や花などをモティーフにした作品を多く発表しました。

河井寬次郎《鉄釉泥刷毛目鉢》1955年


1950年代半ば、筒描きを失敗した河井は生乾きの泥漿を布で拭った際にできた拭きあとのおもしろさに気づき、作品に応用しました。河井が生みだした「泥刷毛目(どろはけめ)」と呼ばれるこの技法は、陶器に彫塑的な立体感を宿し、見る人を圧倒します。

新しいことに挑戦しつづけた河井でしたが、民藝運動の創始以前より親交があり、よき理解者でもあった山本爲三郎が1966年に没すると、後を追うかのように同年亡くなります。
河井の情熱がこめられた作品の数々を、ぜひご覧ください。

企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」は、9月6日(日)まで開催中です。

みなさまのお越しをお待ちしております。


(TS)