1. 美術館について

About Museum美術館について

観る、感じる、その先へ。
~豊かな生活文化の創造をめざして~

アサヒグループ大山崎山荘美術館は、大正から昭和初期にかけ建設された「大山崎山荘」の保存再生、活用を目指し1996年に開館しました。
当館では、築100 年以上の建築物や美しい庭園が大山崎の景観と一体となった、特別な空間での作品鑑賞を大切にしています。朝日麦酒株式会社初代社長山本爲三郎が支援した民藝運動にまつわる作品や、印象派の巨匠クロード・モネの傑作《睡蓮》連作などをご覧いただけます。
これまでの歴史や文化を後世に継承していきながら、アサヒグループの一員としてあらゆる世代、地域・国の方々が、芸術文化を観て、感じて、触れて、創造のきっかけとなるような新たな鑑賞体験の場を目指していきます。

ごあいさつ

当館は、関西の実業家であった加賀正太郎氏が大正から昭和初期にかけて建てた「大山崎山荘」を創建当時の姿に修復のうえ、安藤忠雄氏設計の新館「地中の宝石箱」などを加えて、アサヒビール大山崎山荘美術館として平成8年(1996年)4月に開館しました。令和5年(2023年)7月には館名をアサヒグループ大山崎山荘美術館に変更し、現在に至ります。

加賀氏がこの地に本格的な山荘を建てはじめたのは、大正元年(1912年)のことでした。加賀氏自らが建物や庭園の設計にたずさわり、時間をかけて完成させた山荘は、緑濃い山麓の自然と調和し、四季折々の美しさで訪れる人を魅了してきました。大正から昭和初期の洋風山荘建築としての文化的価値も高く、平成16年(2004年)には、美術館本館をはじめとする建造物が国の文化財登録を受けています。

加賀氏の没後、加賀家の手を離れた「大山崎山荘」は傷みが激しく、平成のはじめには荒廃寸前となっていました。さらに、周辺が開発の波にさらされるなかで、一時は取り壊しの危機にまで直面しましたが、貴重な山荘の保存と周囲の自然保護を求める声が多く上がりました。加賀氏はニッカウヰスキーの設立にも参画しており、アサヒビール株式会社の初代社長であった山本爲三郎と同じ財界人として深い親交がありました。アサヒビール株式会社は加賀氏と奇しきご縁で結ばれていたこともあり、京都府・大山崎町から「大山崎山荘」の保存についてご相談をいただいた際、そのままの形を残すために、山荘を美術館として再生させることとしました。

アサヒグループ大山崎山荘美術館は、京都府や大山崎町の関係者をはじめとする多くの方々のご尽力で、貴重な建造物と庭園を後世に残すとともに、美術館としての個性を活かした企画展示などに加え独自の文化発信を行っています。こうしたささやかな活動により、ご来館いただいた皆様に喜びと潤いをお伝えできれば幸いです。

アサヒグループ大山崎山荘美術館