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展覧会

男たちの情熱のゆくえー加賀とニッカと山荘と:その4

加賀からニッカを託された山本爲三郎は、竹鶴と以前から親交がありました。1952年6月に芝川が山本に送った手紙には、竹鶴も「株式買受名義人が朝日ビール会社であれば差支えない」と言っていると記されています。

加賀からニッカを託された山本は、文化活動の庇護者でもありました。民藝運動を生涯支えつづけた山本のコレクションは、ここアサヒグループ大山崎山荘美術館に収蔵されています。

加賀家の手を離れたのち、山荘を取り壊して大規模マンションを建設する計画が浮上した際、京都府から協力を求められたアサヒビール株式会社は、山荘を美術館として再生することにしました。加賀と山本、ニッカとアサヒ、歴史を紡ぐ糸が今の山荘に繋がっていることに感慨深さを感じます。

「加賀正太郎没後70年・ニッカウヰスキー90周年記念 蘭花譜と大山崎山荘 ―大大阪時代を生きた男の情熱」会期は5月12日まで。どうぞお見逃しなく!

(おわり)

展覧会

男たちの情熱のゆくえー加賀とニッカと山荘と:その3

加賀は病をおして、資本提携のため朝日麦酒(現アサヒグループホールディングス株式会社)社長・山本爲三郎へのニッカ株式譲渡を画策し、実現します。1954年7月9日、山本、加賀、芝川の三者により、株式譲渡の覚書が交わされ、さらに8月3日にはニッカ株を互いの了解なく売却しない旨の契約書も結ばれました。その5日後の8月8日、加賀は息を引き取ります。

趣味人として知られている加賀ですが、のこされた資料から、経済人として辣腕をふるっていたこと、亡くなる直前までニッカの行く末を案じていたことも分かりました。

1954年8月13日に山荘で営まれた加賀の告別式の案内は、加賀証券とニッカの連名で出され、三回忌の年にあたる1956年5月1日には、加賀をしのぶ園遊会がニッカにより山荘で開かれました。案内の文面には「氏がニッカウヰスキーに垂れられた厚き御高庇と愛情を今更深く感謝して」と記されています。

(4に続く)

展覧会

企画展「蘭花譜と大山崎山荘展」1万人のお客様

開催中の企画展「加賀正太郎没後70年・ニッカウヰスキー90周年記念 蘭花譜と大山崎山荘 ―大大阪時代を生きた男の情熱」は、本日1万人目にあたるお客様をお迎えしました。東京からお越しいただいたご家族です。

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美しい新緑とともに記念撮影

岡山と大阪の美術館を巡ってきたというお二人は、東京に戻る前に「どうしても気になる美術館がある」と当館に立ち寄ってくださいました。美術館巡りが大好きだというお嬢様は、ミラノやパリの名だたる美術館にも行ったことがあるという本物志向。是非当館でも美しいものをたくさん見て、感性を磨いていただきたいと思います。

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館長より記念品の贈呈

企画展「加賀正太郎没後70年・ニッカウヰスキー90周年記念 蘭花譜と大山崎山荘 ―大大阪時代を生きた男の情熱」は、2024年5月12日(日)まで。
庭園の新緑が美しい季節となりました。展覧会とともに庭園散策もお楽しみください。
皆様のお越しをお待ち申し上げております。

蘭花譜と大山崎山荘展 詳細はこちら

(OT)