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「くらしに花咲くデザイン ―大正イマジュリィの世界」ご紹介 その5

企画展「くらしに花咲くデザイン ―大正イマジュリィの世界」の閉幕が近づき、本展のご紹介は、最終回となります。


大正時代には都市や消費文化の発展という華やかな面と同時に、それらの変化がもたらした社会のひずみ、戦争や災害といった暗い面もありました。

1923年、カルピス製造株式会社(現カルピス株式会社)は、第一次世界大戦後のインフレに苦しむ欧州の商業美術家の救済と、日本の商業美術界への刺激を目的とし、ポスターデザインの国際懸賞公募を行いました。
当時の額面で1等が500ドル、2等が200ドル、そして3等が100ドルという大きな賞金が出され、欧州各国のデザイナーから、総数1400点を超える作品が届きました。応募作品は東京、大阪、福岡、福井、そして石川の三越百貨店で巡回展示され、競売にかけられ、その代金は応募者に送られたそうです。
カルピス社が最終的に広告デザインに採用したのは、3位を受賞したオットー・デュンケルスビューラー(1898-1977)の作品でした。簡素な幾何学的形態で構成され、表現主義的なスタイルが印象的なこの図案は、カルピスの広告になんと1990年まで使用されていました。ぜひ展示室内で探してみてください。


ちなみに、当展覧会の会期中、本館喫茶室ではホットカルピス®(300円)を提供しております。ご観覧の休憩にご利用ください。

企画展「くらしに花咲くデザイン ―大正イマジュリィの世界」は3月8日(日)までで、会期が残りわずかとなってきました。みなさまのお越しをおまちしております。


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展覧会

「くらしに花咲くデザイン ―大正イマジュリィの世界」ご紹介 その4

今回は、「夢の箱」(山手館)展示室の様子をお届けします。


杉浦非水『少年世界』第15巻第4号 1909(明治42)年3月1日 巖谷小波編 博文館

お行儀のよい二人の少年が長椅子にならび、仲良く読書をしています。

1872年に公布された学制により、満6歳以上のすべての国民が小学校に就学することが定められ、児童の就学率は当初の30パーセントから20年でほぼ倍増します。
児童文化が発展をみせ、日本で最初の少年雑誌が創刊されたのは、1888年のことでした。
1899年に高等女学校令が定められ、女子教育が普及しはじめると、「少女」という読者層が認識されるようになり、少女雑誌がつぎつぎと創刊されます。少女向けの文学やファッションの情報がうみ出され、美しく印刷された流行画家の口絵や絵葉書、絵封筒をコレクションすることも、少女らの間で流行しました。

高畠華宵『少女の國』表紙 1927(昭和2)年 少女の國社

高畠華宵(1888-1966)が写実的なタッチで描いた美少女や美少年は、絶大な人気を誇りました。

気になる作品が多く、どの作品を選ぼうかと迷ってしまいました。ぜひ当館展示室で、ご自分のお気に入りの一枚を探してみてください。

企画展「くらしに花咲くデザイン ―大正イマジュリィの世界」は3月8日(日)まで開催中です。みなさまのお越しをお待ちしております。

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展覧会

「くらしに花咲くデザイン ―大正イマジュリィの世界」ご紹介 その3

2026年も2月に入りました。当館庭園でもスイセンの花が開きはじめ、春の気配が感じられます。 さて、企画展「くらしに花咲くデザイン ―大正イマジュリィの世界」ご紹介の第3回目は、竹久夢二(1884-1934)の作品が並ぶ展示室1(当展順路3)からお届けします。


《野遊》『三越』第15巻10号挿画 1925(大正14)年10月1日 三越呉服店


多色刷りで彩られた竹久夢二の《野遊》は、女性と子供たちが余暇をすごす時間を描き、家族の新しい娯楽のありかたを提示しています。

明治末期から大正初期にかけて、大衆消費社会が芽生え、百貨店は顧客を呼ぶためのさまざまな趣向をこらしました。『三越』は百貨店のPR誌ながら、文芸色、学芸色を打ち出し、懸賞文芸作品の公募を行ったり、森鴎外や新渡戸稲造などの知識人、そして女性読者を意識して、与謝野晶子など女性作家の寄稿を掲載することもありました。夢二の描きだす時代を楽しむ女性の姿も、女性顧客を惹きつけたことでしょう。

この展示室には夢二の『三越』挿画が2枚展示されています。また、山本記念展示室(当展順路2)には、杉浦非水の手がけた『三越』表紙も展示中ですので、探してみてください。

企画展「くらしに花咲くデザイン ―大正イマジュリィの世界」は3月8日(日)まで開催中です。
みなさまのお越しをお待ちしております。

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