スタッフブログ

展覧会

共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより ご紹介その4

現在、企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」を開催中です。
本日は、前回にひきつづき「夢の箱」(山手館)のようすをご紹介します。

1918年、濱田は河井とともに沖縄を旅し、沖縄の伝統工芸「やちむん」の制作が盛んな壺屋を訪れ、感銘を受けます。イギリスから帰国した翌年の1925年に再び沖縄を訪れ、壺屋窯で作陶します。益子に居を構えた後もたびたび壺屋に通い、制作をつづけました。

濱田庄司《地釉鉄砂抜絵黍文扁壺》1932年

1920年代の壺屋周辺には大きなサトウキビ畑がひろがっていたといい、濱田は好んで自身の作品に黍文をほどこしています。
さまざまな黍文の作品は、晩年まで作られました。山本爲三郎コレクションにも多く見られますので、作品を鑑賞する際ぜひ探してみてください。

濱田庄司《柿釉黍文瓶》1940年頃


企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」は、9月6日(日)まで開催中です。

前期は5月31日(日)までです。作品を入れ替え、後期は6月3日(水)からはじまります。
(6月1日、2日は展示替えのため全館休館します)

みなさまのお越しをお待ちしております。


(TS)

展覧会

「共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」展 3万人目のお客様

開催中の開館30周年記念企画展
「共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」
「没後100年 クロード・モネ展」は、先日、おかげさまで来館者3万人を迎えることができました。


このたび3万人目となられたお二人は大学時代からのご友人で、モネや民藝、建物もお好きとのこと。
当館には何度も足を運んでいただいているそうです。
当日は記念品を贈呈し、館長と記念撮影を行いました。


「展示の詳細は調べず、楽しみにして来ました」とお話しくださっていたことから、
展示をお楽しみいただけていることを願うばかりです。

企画展「共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」の前期は、5月31日(日)までです。
一部作品を入れ替え、6月3日(水)より後期展示がはじまります。
(6月1日、2日は展示替えのため全館休館いたします)

みなさまのご来館をお待ちしております。

展覧会の詳細はこちら↓
「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」
「開館30周年記念 没後100年 クロード・モネ展」

(TY)

展覧会

共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより ご紹介その3

現在、企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」を開催中です。
本日は、「夢の箱」(山手館)のようすをご紹介します。


民藝運動が始動したあと民藝同人らの活動が公になったのは、1928年に上野公園で開催された大礼記念国産振興東京博覧会でのことでした。彼らが出品したパビリオン「民藝館」には日本や朝鮮で集めた陶磁器などがならび、河井や濱田の作品も展示されました。           

河井寬次郎《海鼠釉線文蓋付壺》1928年頃              

※前期のみ展示(5月31日まで)


青みを帯びた白濁釉を海鼠釉と呼びます。複雑に入り混じった色合いがナマコを思わせることから名づけられました。この作品も「民藝館」の応接室に展示されています。

「民藝館」は新聞や雑誌でも紹介され、好評を博しました。博覧会終了後、民藝運動を支援した朝日麦酒株式会社(現アサヒグループホールディングス株式会社)初代社長の山本爲三郎が什器ごと買いあげ、大阪の自邸に移築し再建されます。

企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」は、9月6日(日)まで開催中です。

前期は5月31日(日)までです。作品を入れ替え、後期は6月3日(水)からはじまります。
(6月1日、2日は展示替えのため全館休館します)

みなさまのお越しをお待ちしております。


(TS)