スタッフブログ

展覧会

「共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」展 2万人目のお客様

開催中の開館30周年記念企画展
「共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」
「没後100年 クロード・モネ展」は、
このたびおかげさまで 来館者2万人を迎えることができました。

本日の庭園は、昨日の雨のおかげで青モミジやコケがいきいきとし、 新緑がきらきらと光かがやいていました。


2万人目にご来館くださったのは、京都市からお越しのご夫婦です。
これまで市内の博物館や美術館には足を運ばれているそうですが、
当館にお越しになったのは今回が初めてとのことです。

本日は、同時開催中のクロード・モネ展をきっかけにご来館くださいました。
館長から感謝の気持ちを込めて記念品を贈呈させていただきました。

展示や庭園、喫茶室など、 ゆっくりとした時間をお過ごしいただけましたでしょうか。


さて、当館では6月に開館30周年を記念した講演会を開催予定です。
展覧会とあわせて楽しんでいただける内容となっています。

■ 6月6日(土)
「園芸家モネとその背景」
講師:久山 敦 氏(咲くやこの花館 元館長)

■ 6月13日(土)
「山本爲三郎コレクションと日本民藝館」
講師:深澤 直人 氏(日本民藝館館長/プロダクトデザイナー)

▶ お申し込みはこちら

展覧会と講演会をとおして、開館30周年の節目を一緒に楽しんでいただけましたら幸いです。
みなさまのご来館を、心よりお待ちしております。

(TY)

展覧会

共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより ご紹介その2

現在、企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」を開催中です。
本日は、山本記念展示室と展示室2に展示中の作品をご紹介します。

1925年、「民衆的工芸」の意味から「民藝」という言葉が生まれ、翌1926年には「日本民藝美術館設立趣意書」が発表されます。河井、濱田とともにその運動をすすめたのは、思想家の柳宗悦でした。


オーギュスト・ロダン《考える人》(1880年 原型)


柳はもともと雑誌『白樺』の創刊に携わり、同誌の中心メンバーとして活躍していました。『白樺』は文学作品のみならず、西洋の近代美術を積極的に紹介しましたが、特にフランスの彫刻家ロダンに大きな関心をもち、特集を組みました。

オーギュスト・ルノワール《浴女》(1896年)


ルノワールも同じく『白樺』において、日本で初めて本格的に紹介されました。

その後、柳の関心は朝鮮陶磁器との出合いによって、民間で用いられる日常品へと移ります。実用品の中に「健康な美」を見いだし、民藝運動を始動させることになります。



企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」は、9月6日(日)まで開催中です。

前期は5月31日(日)までです。その後作品の約半数を入れ替え、後期は6月3日(水)からはじまります。
(6月1日、2日は展示替えのため全館休館します)

みなさまのお越しをお待ちしております。


(TS)

展覧会

共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより ご紹介その1

現在、企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」を開催中です。
本日は、展示室のようすをご紹介します。

第1章「民藝前夜」では、河井と濱田の初期作品を中心に展示しています。



二人の出会いは1913年、東京高等工業学校(現東京科学大学)窯業科の先輩後輩としてでした。1914年に河井が卒業し京都市陶磁器試験場に技手として入ると、2年後濱田も河井を追って試験場に入所します。二人はそこで釉薬の研究と試作にとり組みました。

京都市陶磁器試験場を辞した後、1920年に河井は京都市五条坂に住居と陶房を構え作陶します。一方濱田は、バーナード・リーチに誘われてイギリスに渡り窯を築き、現地の作家と交流しながら、伝統的な技法を用いたスリップウェアの作陶に成功します。 濱田がイギリスからもち帰ったスリップウェアを見た河井は感銘を受け、その手法を自身の作品にとり入れました。

18世紀にイギリスで作られたスリップウェア、濱田と河井のスリップウェア、あわせてお楽しみください。

企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」は、9月6日(日)まで開催中です。

みなさまのお越しをお待ちしております。


(TS)