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展覧会

男たちの情熱のゆくえー加賀とニッカと山荘と:その3

加賀は病をおして、資本提携のため朝日麦酒(現アサヒグループホールディングス株式会社)社長・山本爲三郎へのニッカ株式譲渡を画策し、実現します。1954年7月9日、山本、加賀、芝川の三者により、株式譲渡の覚書が交わされ、さらに8月3日にはニッカ株を互いの了解なく売却しない旨の契約書も結ばれました。その5日後の8月8日、加賀は息を引き取ります。

趣味人として知られている加賀ですが、のこされた資料から、経済人として辣腕をふるっていたこと、亡くなる直前までニッカの行く末を案じていたことも分かりました。

1954年8月13日に山荘で営まれた加賀の告別式の案内は、加賀証券とニッカの連名で出され、三回忌の年にあたる1956年5月1日には、加賀をしのぶ園遊会がニッカにより山荘で開かれました。案内の文面には「氏がニッカウヰスキーに垂れられた厚き御高庇と愛情を今更深く感謝して」と記されています。

(4に続く)

展覧会

企画展「蘭花譜と大山崎山荘展」1万人のお客様

開催中の企画展「加賀正太郎没後70年・ニッカウヰスキー90周年記念 蘭花譜と大山崎山荘 ―大大阪時代を生きた男の情熱」は、本日1万人目にあたるお客様をお迎えしました。東京からお越しいただいたご家族です。

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美しい新緑とともに記念撮影

岡山と大阪の美術館を巡ってきたというお二人は、東京に戻る前に「どうしても気になる美術館がある」と当館に立ち寄ってくださいました。美術館巡りが大好きだというお嬢様は、ミラノやパリの名だたる美術館にも行ったことがあるという本物志向。是非当館でも美しいものをたくさん見て、感性を磨いていただきたいと思います。

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館長より記念品の贈呈

企画展「加賀正太郎没後70年・ニッカウヰスキー90周年記念 蘭花譜と大山崎山荘 ―大大阪時代を生きた男の情熱」は、2024年5月12日(日)まで。
庭園の新緑が美しい季節となりました。展覧会とともに庭園散策もお楽しみください。
皆様のお越しをお待ち申し上げております。

蘭花譜と大山崎山荘展 詳細はこちら

(OT)

展覧会

男たちの情熱のゆくえー加賀とニッカと山荘と:その2

1952年、苦境にあったニッカに元日本銀行統計局長だった土井太郎が入社すると、病床の加賀は土井と盛んに手紙をやり取りします。1950年頃から咽頭がんを患っていた加賀は、土井に宛てた手紙のなかで、自身の体調にふれることもありました。1952年8月6日付の手紙では、小康を得ているが、癌という時限爆弾を抱えているようなものなのでそれを自覚し、明朗に天寿を全うしたい、あわてず騒がず急を要するものを優先し出来るだけの事をするしかない、死は人生に唯一均等な鉄則である、と、冷静に語っています。彼の人柄が垣間見えるようです。

また戦後の自身の事業について、林業は自然の力が主体で、証券業はすでに回復した。残る心配はニッカだけだ、と述べ、闘病生活のなかでニッカの経営について心をくだいていたことが伝わります。

(3につづく)