共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより ご紹介その5
現在、企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」を開催中です。
本日は、本館2階展示室3のようすをご紹介します。
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民藝運動発足後の1930年代から1940年代中盤まで、河井は精力的に作品を発表しますが、1943年戦局が悪化したことによって作陶が困難になります。1944年になると窯を焚くことがかなわず、個展の開催も一時中断を余儀なくされました。
戦後、河井の作風は日用に即した形にとどまらず、不定形で自由な造形へと変わっていきます。
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河井寬次郎《青磁釉筒描花文扁壺》1953年
筒描きとは、泥漿(でいしょう・粘土と水を混ぜあわせ泥のような液体状にしたもの)をスポイドに入れて絞り出し、盛り上がった線で文様を描く技法で、河井は1950年代初頭に鳥や花などをモティーフにした作品を多く発表しました。
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河井寬次郎《鉄釉泥刷毛目鉢》1955年
1950年代半ば、筒描きを失敗した河井は生乾きの泥漿を布で拭った際にできた拭きあとのおもしろさに気づき、作品に応用しました。河井が生みだした「泥刷毛目(どろはけめ)」と呼ばれるこの技法は、陶器に彫塑的な立体感を宿し、見る人を圧倒します。
新しいことに挑戦しつづけた河井でしたが、民藝運動の創始以前より親交があり、よき理解者でもあった山本爲三郎が1966年に没すると、後を追うかのように同年亡くなります。
河井の情熱がこめられた作品の数々を、ぜひご覧ください。
企画展「開館30周年記念 山本爲三郎・河井寬次郎没後60年記念 共鳴 河井寬次郎×濱田庄司 ―山本爲三郎コレクションより」は、9月6日(日)まで開催中です。
みなさまのお越しをお待ちしております。
(TS)

